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Project01 多摩川の水環境を永続的に維持するために

プロフィール

北村隆光
1989年土木技術職として入都。下水道局で水再生センター建設工事の現場監督や設計を担当後、他局を経験し、2004年水再生センター長となる。その後、監理団体派遣を経て、2011年下水道局に戻る。現在、課長として工事の執行管理を担当。高知県出身。
山脇智夫
1986年電気技術職として入都。交通局へ配属となる。1994年から下水道局で12年間施設の電気設備管理に携わる。2007年より総務局小笠原支庁への勤務となるも、2013年、再び下水道局水再生センターへ配属となる。東京都出身。
青木陽平
2010年入都。東京都の未来へのビジョンと施策に魅力を感じ、東京都を志望する。下水道局の水再生センターへ水質管理係として配属。2012年水質保全係となり、センター及びポンプ所の水質管理に係る指導及び調整を任務とする。埼玉県出身。

多摩川の再生と維持。
都民の憩いの場を守るプロジェクトが
ここにある。

昭和30年代後半から40年代前半にかけて、多摩地域では急激な人口増加により河川の汚濁が進んでいた。東京都では、多摩地域への流域下水道の導入を決定し、関係市町村と連携して下水道整備に取り組んできた。これが「流域下水道事業」だ。現在、多摩地域の下水道普及率は99%となり、河川環境は大幅に改善されている。この成果を将来にわたり継承し、東京都が運営する2流域、8処理区、7の水再生センターを適正に管理・運営し、さらなる水環境の改善に取り組むことがこの事業の使命である。また、下水処理水をさらにきれいにした再生水を供給することで、環境局が行っている「清流復活事業」に協力している。この事業は、都市化の進展により水源を失った川や用水路に水辺空間をよみがえらせるものであり、主な水路に、野火止用水、玉川上水、千川上水がある。清流復活は古くからそこに住む都民の願いであり、特に玉川上水は国の史跡にも指定され、水辺空間の再生にとどまらず、歴史的・文化的にも意義のある、より幅広い事業となっている。入都当時から何度も流域下水道事業に携わり、水再生センター長も務めた北村隆光、下水処理水・再生水を絶え間なく供給する上で欠かせない電気設備の維持管理に携わる山脇智夫、入都と同時にこの事業に携わり、水質管理を担当してきた青木陽平に話を聴いた。

「意識して現場を見て、トラブルを
未然に防ぐこと。これが私たちの使命。」

北村は大学での土木・都市工学の知見を活かし、入都すぐに水再生センターの建設に携わった。その後いくつかの局を経験し、再び下水道局に戻ってきたときには、区部はもとより多摩地域でも下水道普及はほぼ完了し、下水道普及促進に代わる新たな目標設定が課題となっていた。

「多摩川の水質を維持する上で、下水道施設は、半永久的に必要なもの。それらの維持・管理・更新をどうしていくか、新しい方向性を示す時期に差し掛かっていました。その当時、関係者と何度も議論を重ね計画した構想が、十数年の時を経て、少しずつ形になってきています。」

北村が当時構想し、実現していることの一つに2つの水再生センターを連絡管で結ぶというものがある。処理機能を相互に融通できるようにすることで、緊急時のバックアップ機能を確保するとともに、施設の更新や維持管理を縮減することを目指す仕組みだ。

「税金や料金によりお客さまの施設を建設しているわけで、施設の『品質管理』は私たちが最も意識しなければならないことの一つ。複数の現場を担当しており、常に一つの現場だけを見ているわけではないので、トラブルが起きそうなポイントをしっかり把握して、現場ごとに関係者に意志を伝えて、改善すべきところは改善してもらうことが重要だと思っています。業者に任せるだけでなく、私たち職員が常に意識して現場を見ないと、どこがトラブルに繋がるのかが見えてきません。」

「私たちは今、より総合的な技術力を
求められていると思っています。」

幼少期より東京都に住む山脇は、事業の成果を肌で実感する東京都民の一人だ。山脇は事業の成果をこう語る。

「私が子供の頃住んでいた場所の近くにも川はありましたが、遊び場としては考えられませんでした。それが、現在子供たちがきれいな水の中で元気いっぱいに遊んでいるのを見ると、改めて下水道事業の成果を感じます。」

用水路の歴史は長く、江戸時代にまでさかのぼる。清流復活事業に携わり、その事業の全貌を理解するために、昔の資料を見ていくのは、まるで「古文書」を開く気分だという。そんな長い歴史のある清流復活事業も、時と共に事業の在り方そのものが変化している。

「清流復活事業が始まって30年以上。当時の清流復活を切望した方々に現在もこの事業を見て頂けているかはわかりませんが、当初の清流復活事業立ち上げから、維持・管理に目的が変化しても事業は存続します。用水路に流れる水は100%再生水。処理の結果が直接反映されてしまうので、常に管理が必要ですが、30年も経つと当然設備も古くなってきて、維持していくのは大変です。現在の設備をいかに永続的に、省エネしながら管理できるか。私たちはより総合的な技術力を求められていると思います。広い視野をもって、自分の専門以外の分野も学んでいけるか。それができる環境が整っているのが、東京都だと思っています。」

「研究や調査においても、チャレンジ
しやすい環境、それが東京都。」

多摩川水再生センターに新任で配属され、水質管理を主な任務とする青木。この事業に携わる前は、多摩川中流域の水量の約50%が下水処理水であることを知り驚いたとか。入都前後での意識の変化について聴いてみた。

「大学で学んだことは今の仕事のベースになっています。もともと環境検査職として、大きな事業に携われると思って志望しましたが、入都して改めて東京都は色々な新しい下水処理方法を取り入れていることがわかりました。処理施設も大きいので、研究や調査においても、チャレンジがしやすい環境であることも魅力だと気づきました。」

下水の処理に要するエネルギーや処理工程で発生する温室効果ガスの削減に向けた調査なども青木の任務だが、その効果が目に見えて実感できるまでには時間がかかる。そんな業務において、やりがいを感じる瞬間について、青木は語る。

「普段直接都民の皆さまに接する機会が少ないので、夏休みのセンター開放イベントや施設見学会で、再生水の透視度を見て喜んでいただくのを見ると、とても嬉しく思います。安定した下水の処理に自分が少しでも貢献できていると実感できる瞬間ですね。」

よりきれいになってほしいという願い。
安全な水を流すという使命感。
3人にとっての「多摩川」とは…

「私は、多摩川を第二の故郷だと思っています。思い入れが強いので全国の川の中でも一番かわいいですね。そして、もっともっときれいで良い川になっていって欲しい。そこに自分たちの事業の価値があると思っています。」(北村)

「今のきれいな川は、都民の皆さまにとってはもう当たり前という状態だと思います。そういう意味では、下水道事業は忘れられつつある事業かもしれない。しかし、ここで止まってしまったらまた汚染された川に戻ってしまうかもしれません。この事業を若い方々に継承して、定年後も多摩川を見守り続けたいと思います。」(山脇)

「都民の皆さまに身近に親しんでもらうための水を流すというのは、きちんと処理された水を流す責任、使命感があります。今まで先輩方が創りあげてきた成果を引き継いでいるという意識もあって、よりきれいにしていきたいという気持ちが強くなりました。」(青木)

ゆっくり淡々とではあるが力強く話す3人からは、東京都の水辺空間を守っているという自負と誇りが感じられた。

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