建設局/浜離宮恩賜庭園 美しき日本文化の魅力を甦らせ、世界にアピールしていく。

江戸時代の眺望を堪能できる、
東京の誇る文化財庭園。

東京都は、長期計画を定め、今後10年間で170ヘクタールの都立公園の新規開園を目標に掲げ、整備や管理を行っている。東京都の管理する都立公園は、平成26年現在、81箇所存在し、開園面積は2000ヘクタールを超える。そのうち、国や都の指定文化財となっている庭園が9か所ある。中でも、浜離宮恩賜庭園は、国の特別名勝及び特別史跡の二重の指定を受けており、全国的にも非常に歴史的価値の高い庭園であることから、特に力を入れた整備が進められている。
浜離宮恩賜庭園は、四代将軍家綱の弟松平綱重が承応3(1654)年この地に屋敷を建てたことを発端とする江戸時代の代表的な大名庭園であり、その後、歴代将軍によって幾度かの改修を経て、11代将軍家斉の時代にほぼ現在の姿が完成している。明治維新後は、皇室の離宮となり、その後、関東大震災や空襲によって数々の建造物が損傷したものの、昭和20年に東京都に下賜された際に、整備され、翌21年に都立庭園として開園している。
園内は、約25ヘクタールの面積を有し、六代将軍家宣の時代に植えられた「三百年の松」や、東京湾から海水を引き入れ、潮の干満によって趣を変える潮入の池等がある。

当時の意匠・技法を忠実に再現し、
現代に甦らせる修復・復元作業。

浜離宮の修復・復元事業は平成16年度にスタートした。「東京都における文化財庭園の保存管理計画」を策定し、これに基づき浜離宮恩賜庭園の「内堀」の護岸や「中の橋」などの老朽化した施設の修復に着手するとともに、戦災で失われた潮入りの池周辺に造られた御茶屋の復元に取り組んでいる。11代将軍徳川家斉の時代に建てられたとされる御茶屋の復元は、宮内庁や、都立中央図書館に所蔵されている多数の史資料調査を元に、可能な限り創建当時の姿を忠実に、当時の材料や工法を用いて再現しており、礎石などの遺構の保存、庭園景観との調和に配慮していることも特筆すべき点である。
平成22年には「松の御茶屋」の復元工事が完了。現在、200年の時を超えて「燕の御茶屋」の復元工事が進められている。「燕の御茶屋」は、その名を、なげしに使われたツバメの形の釘隠金物に由来するといわれる数寄屋風建築で、室内に上段が構えられていることから、将軍自らの接客、利用を目的とした建物ではないかとのことである。屋根は「こけら葺き(厚さ3ミリほどに手割したサワラ材を重ねる技法)」、外壁は漆喰、室内は色壁仕上げ、二間にわたる三段の棚板など、当時の意匠を復元しつつ、壁内部に構造用合板を用いて耐震強度を高めるなど外観を変える現代工法も取り入れている。

修復・復元までの長い道のり
表に出ないマネジメントも大事。

都の職員が担うのは、一連の工程をマネジメントすることである。文化財庭園の修復・復元工事に際しては、最初に予算要求を行うことから始まる。その後、修復・復元対象にかかわる資料収集等の基礎調査や、事前の修復・復元箇所の遺構調査、調査に基づく関連有識者との協議を行いながら、工事に関する復元方針案の策定をする。その後、復元方針や工事の進め方を決める分科会を開催し、関係機関との調整を行う。また、文化財庭園における工事の実施には、文化財保護法に基づく文化庁との協議も必要とある。そして、これらの事前調整の後にようやく設計に入り、工事費の積算を行う。工事の発注後は、工事監督の業務を行う傍ら、工事見学会の開催を行う。このように、長い時間をかけて、修復・復元工事は完成する。文化財庭園の修復・復元には、完成までの各段階で多方面とかかわりながら業務を進めていく調整能力が求められる、ここで重要なのは、この仕事は単なる建築工事ではないということだ。御茶屋の復元は、庭園景観の創造であり、世界から訪れる人々に「おもてなし」空間を創ることに他ならない。このような文化財庭園の修復・復元も造園職としての大切な仕事の一つである。

※掲載内容につきましては、2014年11月時点のものです。